集中治療の進歩によって、以前なら救えなかった命が救えるようになりました。
ただ、救命はゴールではありません。ICUを出たあとに新しい問題が始まることがあります。
この記事では、なぜICUで早期離床を行うのかという理由から始めて、実際にどう判断して離床を進めているのかまでを通して整理します。集中治療のリハビリテーションに関わり始めた方に、全体の地図として読んでいただけたらと思っています。
集中治療室で18年やってきましたが、この「なぜ」を持っているかどうかで、現場での動き方がまるで変わるんです。
この記事では、研究やガイドラインに基づく内容と、私自身の臨床経験に基づく解釈を分けて記載しています。後者は「私見」と見出しをつけた枠で囲んでいます。枠内の内容は研究として検証されたものではなく、エビデンスとしての確実性は高くありません。一つの考え方として読んでください。
ICUを出たあとに残る問題 ― PICS
集中治療を受けた患者さんがICU退室後に新しく発症する、あるいは悪化する障害の総称をPICS(Post-Intensive Care Syndrome:集中治療後症候群)と呼びます1)。
大きく3つの領域に分けられます。
- 身体的障害:筋力低下、身体機能の低下(ICU-AW)
- 認知機能障害:記憶力、注意力、集中力の低下
- 精神的障害:不安、抑うつ、PTSD、睡眠障害
PICSになると、その後どうなるのか
ここが、早期離床を行う理由の出発点です。PICSは「なんとなく調子が悪い」で済む話ではありません。
身体機能の低下は年単位で続きます。ARDSから回復した患者さんを追跡した研究では、退院1年後の時点でも6分間歩行距離が予測値を大きく下回り、多くが日常生活に制限を抱えていました2)。
生活の質も下がります。ICU退室後のQOLを検討したレビューでは、退室後のQOLが同年代の一般集団と比べて低い状態にとどまることが報告されています3)。
医療への依存も増えます。人口ベースの大規模研究では、重症疾患を生き延びた患者さんは退院後の再入院や医療機関の利用が多く、その状態が長期にわたって続いていました4)。
仕事に戻れない方も多くいます。複数の研究をまとめた解析では、ICU退室から1年経った時点でも、それまで働いていた方の相当数が復職できていませんでした5)。
ICUで過ごすのは数日から数週間です。それが、その先の年単位に影響する。この非対称さが、私たちが早期離床にこだわる理由です。
影響は患者さんだけにとどまりません。ご家族に生じる不安、抑うつ、PTSDなどをPICS-F(Family)と呼びます6)。また、人工呼吸管理を受けた患者さんでは抜管後の嚥下障害が高頻度にみられ、肺炎や再挿管、入院期間の延長と関連することも報告されています7)。
PICSそのものについては、こちらで詳しく話しています。

予防の枠組み ― ABCDEF(GH)バンドル
PICSは、起きてから治すのが難しい。だから予防が中心になります。
その予防をチーム全体で共有するための枠組みがABCDEFバンドルです8)。
- A:痛みの評価・予防・管理
- B:自発覚醒トライアル(SAT)と自発呼吸トライアル(SBT)
- C:鎮痛・鎮静薬の適切な選択
- D:せん妄の評価・予防・管理
- E:早期離床と運動
- F:家族の関与と支援
この枠組みが強いのは、実施度合いと患者さんの転帰が対応しているところです。1万5千人以上を対象にした大規模研究では、バンドルの実施度が高いほど、翌日も人工呼吸管理が続く確率、7日以内の院内死亡、せん妄の発生、身体拘束の使用がいずれも低下しました9)。
つまりどれか一つを頑張るのではなく、全体としてどれだけ回っているかが問われる、ということですね。
近年は「G(良好な申し送り伝達)」「H(PICS・PICS-Fに関する書面での情報提供)」を加えたABCDEFGHバンドルという形も提案されています。バンドルの各項目については、こちらで一つずつ扱っています。

早期離床の効果と、その限界
バンドルの中でも、私たちリハビリテーション職が前に出るのが「E:早期離床」です。ここのエビデンスを整理しておきます。
示されていること
人工呼吸管理中の患者さんに早期から理学療法・作業療法を行った無作為化比較試験では、退院時に自立して機能を発揮できる患者さんの割合が高く、せん妄の期間も短縮しました10)。
複数の研究をまとめた解析でも、早期離床によって筋力や身体機能が改善し、人工呼吸器を離れていられる日数が増えることが報告されています11)。リハビリテーション介入に絞った解析でも、同様の傾向が示されました12)。
それでも「やればいい」ではありません
ここが、いちばん誤解されやすいところです。
6か国49施設・750名を対象にしたTEAM trialでは、早期から積極的に離床を進めた群と通常ケア群を比べて、主要アウトカムである180日生存退院日数に差がありませんでした13)。それどころか、不整脈や血圧変動、SpO₂低下といった離床に関連する有害事象は、早期離床群のほうが有意に多く発生しています。
この試験の対象者を6か月後に追跡した報告でも、身体機能やQOLに明確な差は認められませんでした14)。
全員に一律で積極的な介入をかけるのは、むしろ不利益になり得る。ここは正面から受け止めるべき結果だと思っています。
だから問いが変わってきました。「早期離床は有効か」ではなく、「質の高い離床をどう実践し、どう管理するか」。ここから先が、現場の判断の話になります。
では、実際どう判断するのか
重症患者へのリハビリテーションは、各施設でプロトコルを作成し、それに基づいて導入することが望ましいとされています15)。プロトコル化された介入は、安全性の担保や多職種連携の強化につながります。
ただ、すべての施設で十分に整備されたプロトコルがあるとは限りません。その場合は、ガイドラインに示された離床開始基準・中止基準を判断材料として参照しながら、患者さんごとに進めていくことになります。基準の詳細は重症患者リハビリテーション診療ガイドライン2023(J-ReCIP 2023)16)に整理されているので、そちらを参照してください。
私が確認している4つの視点
ここから先は、私が臨床で使っている整理の仕方です。ガイドラインがこの4分類を示しているわけではありません。
離床の可否を判断するとき、私は次の4つを順に確認しています。
- 意識:離床できるだけの意識レベルにあるか。RASSやGCSで反応性や指示理解を確認する
- 疼痛:自己申告できる方はNRSやVAS、鎮静中など自己申告が困難な方はCPOTやBPSで評価する
- 呼吸:人工呼吸器の設定(PEEP、FIO₂)、呼吸数、自発呼吸の努力の有無を評価する
- 循環:MAPや昇圧薬の使用状況を含め、循環動態が安定しているかを確認する
この4つを選んでいるのは、いずれもJ-ReCIP 2023の開始基準案に評価項目が設けられているからです16)。基準という「ものさし」がある領域を、頭の中で4つに束ねて使っている、という感覚ですね。
そのうえで、疾患の治療経過が改善傾向にあるかを医師と確認します。さらに、その日の目標をどこに置くか(端座位までか、立位・歩行まで進めるか)を医師・看護師と共有し、チームで合意したゴールを目指して進めます。
若手にICUへ入ってもらうときは、まずこの4つだけを徹底してもらいます。各論はそのあとです。
4つの視点の先にあるもの
基準を満たしているかどうかと、今この患者さんの組織に酸素が届いているかは、別の話です。
血圧が保たれていても、末梢に血液が届いていなければ意味がありません。この視点が灌流です。
4項目を確認したうえで、私が本質的に見ているのは灌流が維持できているかだと考えています。
具体的には、こういう問いを立てています。
- 安静時に灌流は安定しているか
- 離床によって不安定になる可能性はないか
- 不安定化を引き起こす最大の要因は何か
判断材料としては、離床前にはカルテから尿量の推移や乳酸値の動向を、実施中にはMAPや末梢の状態を見ています。
ただし、これは私が現場で使っている見方です。灌流を軸に離床の可否を判断することの妥当性が、研究として検証されているわけではありません。
循環をどう見るかは、こちらで詳しく話しています。

中止をどう判断するか
J-ReCIP 2023の中止基準案には、数値だけでなく身体所見の項目が含まれています16)。
- 発汗(多汗)、冷汗
- 突然の吸気あるいは呼気努力の亢進(頸部呼吸補助筋の活動性亢進、鎖骨上窩の陥凹、腹筋群の収縮など)
- 苦悶表情、顔面蒼白、チアノーゼの出現
- 開始時と比べた意識レベルの低下
いずれもモニターを介さず、目で見て手で触れて気づける所見です。中止基準というと数値表を思い浮かべますが、実際にはこうした項目が並んでいます。
さらにガイドラインの備考欄には、「中止基準に該当しない場合でも、著しい血圧低下や上昇があれば一時的に中止し、医師に相談する」とも記載されています16)。
数値基準は順にチェックしていけば判断できます。難しいのは、その手前にある変化です。
末梢の冷感や皮膚の湿潤、呼吸様式の変化、呼吸数の増加。私はこれらを、灌流が維持できなくなりかけているサインとして扱っています。離床中は、ここに神経を研ぎ澄ませているつもりです。
数値基準とベッドサイドの身体所見、その両方を組み合わせることが安全な離床につながると考えていますが、この組み合わせ方が最適だと検証されているわけではありません。
離床できないとき、何ができるか
重症度が高く、どうしても離床を実施できない患者さんが一定数います。毎日チームで可否を検討しても、長期の臥床を余儀なくされることがある。
こうした場面での選択肢として挙がるのが神経筋電気刺激(NMES)です。意識レベルや鎮静深度によらず実施できるため、早期から使える介入として期待されています。
ここは、ガイドライン間で推奨が分かれています
初学者の方にこそ知っておいてほしいのが、この点です。
J-ReCIP 2023のCQ3「重症患者に対して神経筋電気刺激または/および床上エルゴメータを行うか?」に対する回答は、神経筋電気刺激を行うことを弱く推奨する(GRADE 2B:エビデンスの確実性「中」)です16)。
一方で日本版敗血症診療ガイドライン2020(J-SSCG2020)では、敗血症患者のICU-AW予防に神経筋電気刺激を行わないことを弱く推奨(GRADE 2D)としています17)。
同じ国内のガイドラインで、推奨の方向が逆なんです。初めて見たときは戸惑いました。
J-ReCIP 2023自身がこの相違に触れていて、検索対象の期間が違うこと(J-SSCG2020は2019年4月まで、J-ReCIPは2021年10月まで)、そして対照群との介入の差分が電気刺激のみである文献に絞ったことが影響した可能性を挙げています16)。
また、実施にあたっては機器が必要になるため、機器を持たない施設では実行が難しいという点もガイドラインに明記されています16)。推奨されていても、どこでもできるわけではないということですね。
私が電気刺激を考えるのは、次のような条件が重なったときです。
- 入院前のADLが自立していた方
- 最優先はあくまで早期離床。それが困難な場合に限る
- 離床開始基準をクリアできない、炎症が長期に遷延しているといった状況
離床の代替であって、置き換えではない。ここは間違えたくないところです。
もう一つ、運用面の課題も感じています。ルーティン化するまでは施行中も患者さんから離れられず、かなりの時間を要します。導入するなら、看護師サイドでも実施できるプロトコルが必要になると思っています。
ICUを出たあとも、続きます
ICU退室は、PICSのリスクが消えるタイミングではありません。むしろ症状がはっきりしてくるのはここからです。
だから退室後も、領域ごとに評価を続ける必要があります。
- 身体:握力、MRCスコア、6分間歩行試験
- 認知:MMSE、MoCA
- 精神:HADS(不安・抑うつ)、IES-R(PTSD)
- QOL:EQ-5D-5L
退室後の患者さんに関わる中で、私が強く思っていることがあります。
見た目や印象では判断できないということです。
「PICSかもしれない」と思って評価したら該当しなかった。逆に「大丈夫そうだな」と思っていた方が、評価したら該当した。両方あります。
特に精神面は、評価しない限り見えてきません。本人も言語化できないことが多いですし、周囲も「疲れてるだけだろう」で流してしまう。だから臨床家の勘ではなく、特異的な評価をきちんと行うことが大切だと考えています。
まとめ|なぜやるのかを持っておく
最初の問いに戻ります。なぜICUで早期離床を行うのか。
- ICUを出たあとにPICSという問題が待っているから。身体・認知・精神の障害が年単位で続き、QOLや復職にも影響する
- 予防の枠組みがABCDEFバンドルであり、その実施度が転帰と対応している
- 早期離床には効果が示されている。ただし全員に一律で積極的に行うのは不利益になり得る
- だから「やるかどうか」ではなく「どう質を担保するか」が問われる
そのうえで、私が現場で持っている軸はこうです。
- 意識・疼痛・呼吸・循環の4つを順に確認する
- その4つの先にある灌流を、判断の本質的な軸に置いている
- 数値基準とベッドサイドの身体所見を、両方組み合わせる
- 離床できない時期にも打つ手はある。ただし置き換えではない
- 退室後は、勘ではなく特異的な評価で確認する
基準表は誰でも読めます。でも「なぜやるのか」を持っていないと、基準を満たした日に何も考えず動かしてしまう。そこが分かれ目だと思っています。
なお、私自身が集中治療の領域にどう関わってきたか、資格をどう位置づけているかについては、こちらで話しています。

引用文献
1)Inoue S, Hatakeyama J, Kondo Y, et al. Post-intensive care syndrome: its pathophysiology, prevention, and future directions. Acute Med Surg. 2019;6(3):233-246.
2)Herridge MS, Cheung AM, Tansey CM, et al. One-year outcomes in survivors of the acute respiratory distress syndrome. N Engl J Med. 2003;348(8):683-693.
3)Oeyen SG, Vandijck DM, Benoit DD, et al. Quality of life after intensive care: a systematic review of the literature. Crit Care Med. 2010;38(12):2386-2400.
4)Hill AD, Fowler RA, Pinto R, et al. Long-term outcomes and healthcare utilization following critical illness: a population-based study. Crit Care. 2016;20:76.
5)Kamdar BB, Suri R, Suchyta MR, et al. Return to work after critical illness: a systematic review and meta-analysis. Thorax. 2020;75(1):17-27.
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