ICUで治療を受けた患者さんが、無事に退室した。ご家族も安心する。でも、そこから先に問題が起きることがあります。
体に力が入らない。物忘れが増えた。夜、眠れない。あのときの記憶がふとよみがえって苦しくなる。こうした状態をまとめてPICS(Post-Intensive Care Syndrome:集中治療後症候群)と呼びます。
集中治療室で18年働いてきて、いま一番強く感じているのがこのPICSです。この記事では、PICSという言葉を初めて聞く方にもわかるように、何が起きるのか、なぜ防ぐのが難しいのかを、現場の感覚を交えて話していきます。
「命が助かったんだから良かったね」で終わらせられない。そこが、この問題のいちばん難しいところなんです。
PICSとは、ICUを出たあとに残る後遺症のこと


PICSは、集中治療を受けた患者さんがICU退室後に新しく発症する、あるいは悪化する障害の総称です。米国集中治療医学会(SCCM)が2012年に提唱しました1)。
やっかいなのは、一過性ではないこと。数か月から年単位で続くこともあり、生活の質や社会復帰に大きく影響します。
大きく3つの領域に分けられます。
- 身体的障害:筋力や身体機能の低下。ICU-AW(ICU獲得性筋力低下)が代表です
- 認知機能障害:記憶力、注意力、集中力の低下
- 精神的障害:不安、抑うつ、PTSD、睡眠障害
この3つ、どれか一つだけ出るとは限りません。むしろ重なって出ることのほうが多いのがPICSの特徴です。
そしてもう一つ、患者さんご本人だけの問題でもありません。ご家族に生じる精神的な問題をPICS-F(Family)と呼びます。
それぞれの領域で、実際に何が起きているのか
身体:筋は、驚くほど早く落ちる
ICU-AWは、人工呼吸器管理、ベッド上安静、炎症、栄養障害など、いくつもの要因が重なって起こります。
どのくらい早いのか。ICU入室後10日間で大腿直筋の断面積が17.7%減少し、しかも入室1日目から筋蛋白の分解が合成を上回る状態に入っていることが報告されています2)。多臓器不全があると、進行はさらに速くなります。
そして退院すれば戻るかというと、そうでもない。ARDSから回復した患者さんを5年間追跡した研究では、身体機能の制限が長期にわたって残り続けていました3)。
5年です。ICUで過ごしたのはほんの数日から数週間なのに、その先の5年に影響が残る。この非対称さを、もっと知られていいと思っています。
認知:目に見えにくい「脳の後遺症」
重症疾患を生き延びた患者さんを追跡した研究では、退院後1年の時点でも、軽度認知障害や外傷性脳損傷に相当するレベルの認知機能低下が相当数に認められました4)。しかも年齢を問わず起きています。
ICU滞在中のせん妄、低酸素、炎症、睡眠障害などが関与していると考えられています。
本人やご家族が「なんとなく忘れっぽくなった」と感じる程度でも、服薬の管理、お金の管理、日常の判断といった場面で、じわじわ生活に効いてきます。
精神:ここが一番、見落とされます
48の研究をまとめた解析では、ICUを生き延びた患者さんのPTSD症状の有病率はおよそ20%と報告されています5)。5人に1人という数字です。
人工呼吸器を着けていた時期の恐怖、ICUでの孤独感や無力感。それが退院後も「あのときの記憶」として残り続けます。抑うつや不安障害も、QOLの低下や社会的孤立につながっていきます。
ここから先は私の実感です。
身体機能については、正直かなり良くなってきていると感じています。栄養から離床まで、どの施設も理解が進んでいて、対応できている。ICUの中でやるべきことは、かなり形になってきました。
問題は精神面です。実際に評価してみると、思っていた以上に多い。ここが今、一番の課題だと感じています。
身体は目に見えるから対策が進む。精神は見えないから後回しになる。構造として、そうなってしまっているんですよね。
家族への影響(PICS-F)
ICU入室という非日常に直面したご家族にも、抑うつ、不安、不眠といった症状が生じます6)。
- 退院後の介護や支援に対するプレッシャー
- 看取りや意思決定に伴うトラウマ
- 「自分がもっと早く気づいていれば」という自責
患者さんの回復とご家族の状態は、切り離せません。だからPICS-Fへの支援も、患者さんへの支援と同じ土俵に乗せる必要があります。
予防は、ICUにいる間から始まっています
PICSは、起きてから治すのが難しい。だから予防が中心になります。そして予防の主戦場は、ICUの中です。
早期離床とリハビリテーション
人工呼吸管理中の患者さんに早期から理学療法・作業療法を行った無作為化比較試験では、退院時の機能的自立度が高く、せん妄の期間も短縮しました7)。複数の研究をまとめた解析でも、ICU滞在日数や人工呼吸器装着期間の短縮、せん妄発生率の低下が示されています8)。
肌感覚としても、早期離床が身体機能の維持に効いているのは間違いないと感じます。ここは自信を持って言えます。
ただし「早く動かせばいい」わけではありません。全員に一律で積極的な介入をかけると、かえって不利益になり得ます。この話は、ABCDEFバンドルの記事で詳しく書いています。


どうしても離床できない時期をどうするか
悩ましいのが、病態が安定せず、離床がまったく進められない時期です。その間も筋肉は落ち続けます。
こういう場面での選択肢として、電気刺激による筋への介入があります。自分で動けなくても筋収縮を起こせるので、離床の代わりというより「落ちる速度を緩めるための手段」という位置づけですね。
離床できない時期にこそ、何ができるか。ここを詰められるかどうかで、その後がだいぶ変わってくる気がしています。
ABCDEFバンドルという枠組み
ICUでの予防的な取り組みを、チーム全体で共有するための枠組みがABCDEFバンドルです。
- A:痛みの評価・予防・管理
- B:自発覚醒トライアルと自発呼吸トライアル
- C:鎮痛・鎮静薬の適切な選択
- D:せん妄の評価・予防・管理
- E:早期離床と運動
- F:家族の関与と支援
鎮静、せん妄、動かないこと。この3つがPICSのリスクだという理解が、バンドルの土台にあります。だから一つずつ潰していく、という設計になっているんです。
「GH」は、ICUを出ていく場面のための項目です
ABCDEFバンドルに「G」と「H」を加えたものがABCDEFGHバンドルです。PICSとPICS-Fを減らすことを目的に、FGHが追加されたという成り立ちになっています9)。
G:良好な申し送り伝達(Good handoff communication)
申し送り事項に、PICSやPICS-Fに関する情報を盛り込むこと。治療の継続性を保つための項目です。
H:書面での情報提供(Handout materials on PICS and PICS-F)
PICS・PICS-Fについてのパンフレットや、ICU日記がここに含まれます。ICU日記は、集中治療によって歪んでしまった記憶を正し、心理的な回復を促すツールとして注目されています。
ここ、順番に意味があると思っています。A〜FはICUの中の話。GとHはICUから外に出ていくときの話なんです。
ICUの中でどれだけ積み上げても、渡し方が雑だと途切れる。GとHは、その「渡し方」の話だと理解しています。
ICUにいる間、患者さんは記憶が飛んでいることが少なくありません。ご家族のほうも、面会のたびに変わる状態を前にして、何が起きていたのかを整理できないまま時間が過ぎていきます。ここが埋まらないまま退室すると、あとから「あの数日間が真っ暗」という状態になる。
ICU日記が心理的な回復に効くとされているのは、そこを埋めるからです。「立てるようになった日」の記録が残っているだけで、ご家族の受け取り方はまるで違ってきます。
退室後:評価しないと、わかりません
ICU退室は、PICSのリスクが消えるタイミングではありません。むしろ、症状がはっきりしてくるのはここからです。
私自身、ICU退室後の患者さんに関わる中で、一つ強く思っていることがあります。
それは、見た目や印象では判断できないということです。
「PICSかもしれない」と思って評価したら該当しなかった。逆に「大丈夫そうだな」と思っていた人が、評価したら該当した。両方あるんです。
この記事を書くにあたって、「こういう兆候に気づけるといい」という書き方も考えました。表情が乏しい、目が合わない、といったような。でもやめました。
それらしい兆候を並べると、逆に見落とすからです。「該当しないから大丈夫」という判断につながってしまう。臨床家の勘より、特異的な評価をきちんと行うこと。ここは譲れないと思っています。
何を評価するのか
領域ごとに評価ツールがあります。
- 身体:握力、MRCスコア、6分間歩行試験
- 認知:MMSE、MoCA、SMQ
- 精神:HADS(不安・抑うつ)、IES-R(PTSD)
- QOL:EQ-5D-5L
特に精神面は、評価しない限り絶対に見えません。本人も言語化できないことが多いですし、周囲も「疲れてるだけだろう」で流してしまう。
PICSラウンドという取り組み(私見)
ICU退室後にリスクの高い患者さんを対象として、多職種でラウンドを行う。そういう取り組みが各地で始まっています。私自身もそうした関わりを持っています。
やってみて感じている利点は、この3つです。
- 各職種が専門性に応じて評価を分担できる
- 退院や在宅復帰に向けて、支援が途切れない
- 精神面や家族の問題など、見落とされやすい部分に早く手を打てる
ただし正直に言うと、この形が最適かどうかは、まだ誰にもわかりません。エビデンスはこれから積み上げていくフェーズです。ここは断言せずに書いておきます。


いちばんの壁は、ICUの外にあります
ここは、この記事で一番書きたかったところです。
PICSという概念は、ICUの中ではかなり浸透してきました。バンドルも回るようになってきた。でも、患者さんが一般病棟に移った瞬間に、この認識はほぼ途切れます。
ICUの中でどれだけ丁寧に積み上げても、出た先で止まってしまう。ここが、いま一番もどかしいところです。
PICSとバンドルは、セットのようなものだと思っています。PICSを知っていれば「じゃあ対策は?」という疑問が湧く。そこでバンドルの話になる。逆に言えば、PICSを知らなければバンドルの必要性も伝わりません。
そしてPICSの多くは、ICUを出たあとに本格化します。つまり、一番対応が必要な時期に、一番認識が薄い場所にいるという状態が起きているわけです。
これは特定の施設の話ではありません。PICSへの取り組みを積極的に進めている施設ですら、この乖離は残ります。ということは、これから取り組もうという段階の施設なら、なおさらでしょう。
理想を言えば、この認識の差はゼロに近いほうがいい。ただ、簡単に埋まるものではないというのが、現場にいての実感です。啓発を続けながら、少しずつ動かしていくしかない。ここは正直、まだ答えが出ていません。
まとめ|救命はゴールではなく、通過点です
PICSは、ICUで救われた命のその先にある課題です。身体、認知、精神、そしてご家族。影響は広範囲に及びます10)。
この記事で伝えたかったのは、この3つです。
- 予防はICUの中から始まる。早期離床とバンドルの実践がその中核
- 精神面は、評価しないと見えない。印象や勘に頼ると必ず取りこぼす
- 一番の壁はICUの外にある。病棟、在宅まで認識をつなげられるかが勝負
「助かってよかったね」の先を一緒に考えられる人が増えたら、それだけで現場は変わると思っています。
ICUで働く方はもちろん、一般病棟の看護師さん、リハビリテーション職の方、そしてご家族にも、この言葉を知ってもらえたらと思っています。
PICSに関する情報はこちらの書籍を参考にするとわかりやすいです。
引用文献
1)Needham DM, Davidson J, Cohen H, et al. Improving long-term outcomes after discharge from intensive care unit: report from a stakeholders’ conference. Crit Care Med. 2012;40(2):502-509. doi:10.1097/CCM.0b013e318232da75
2)Puthucheary ZA, Rawal J, McPhail M, et al. Acute skeletal muscle wasting in critical illness. JAMA. 2013;310(15):1591-1600. doi:10.1001/jama.2013.278481
3)Herridge MS, Tansey CM, Matté A, et al. Functional disability 5 years after acute respiratory distress syndrome. N Engl J Med. 2011;364(14):1293-1304. doi:10.1056/NEJMoa1011802
4)Pandharipande PP, Girard TD, Jackson JC, et al. Long-term cognitive impairment after critical illness. N Engl J Med. 2013;369(14):1306-1316. doi:10.1056/NEJMoa1301372
5)Righy C, Rosa RG, da Silva RTA, et al. Prevalence of post-traumatic stress disorder symptoms in adult critical care survivors: a systematic review and meta-analysis. Crit Care. 2019;23(1):213. doi:10.1186/s13054-019-2489-3
6)Davidson JE, Jones C, Bienvenu OJ. Family response to critical illness: postintensive care syndrome-family. Crit Care Med. 2012;40(2):618-624. doi:10.1097/CCM.0b013e318236ebf9
7)Schweickert WD, Pohlman MC, Pohlman AS, et al. Early physical and occupational therapy in mechanically ventilated, critically ill patients: a randomised controlled trial. Lancet. 2009;373(9678):1874-1882. doi:10.1016/S0140-6736(09)60658-9
8)Zhang L, Hu W, Cai Z, et al. Early mobilization of critically ill patients in the intensive care unit: a systematic review and meta-analysis. PLoS One. 2019;14(10):e0223185. doi:10.1371/journal.pone.0223185
9)Harvey MA, Davidson JE. Postintensive care syndrome: right care, right now…and later. Crit Care Med. 2016;44(2):381-385. doi:10.1097/CCM.0000000000001531
10)Inoue S, Hatakeyama J, Kondo Y, et al. Post-intensive care syndrome: its pathophysiology, prevention, and future directions. Acute Med Surg. 2019;6(3):233-246. doi:10.1002/ams2.415


